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前橋地方裁判所高崎支部 昭和48年(ワ)83号 判決

原告 下川初雄

右訴訟代理人弁護士 遠藤良平

被告 徳江美佐雄

右訴訟代理人弁護士 渡辺明男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

一  被告が五十嵐邦義と昭和四七年五月一日別紙物件目録(一)記載の土地につきなした売買契約の取消

二  右土地に付きなした前橋地方法務局高崎支局昭和四七年五月一七日受付第一四〇四八号所有権移転登記の抹消登記手続

三  訴訟費用被告負担

(被告)

請求棄却、訴訟費用原告負担

第二主張

一  請求の原因

1  原告は昭和四三年一月二四日付売買により五十嵐邦義から別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件農地という。)を、同(二)記載の土地と共に二一二万五八三三円で買受け、代金全額を支払った。よって原告は本件農地に付き所有権移転登記請求権並に引渡請求権を有する。

2  五十嵐は同四七年五月一日原告を害することを知りながら本件農地を被告に売渡し、請求趣旨二項記載の登記をした。なお、原告は五十嵐に対し本件農地の所有権移転登記手続を訴求し、前橋地方裁判所高崎支部昭和四一年(ワ)第一七二号事件にて勝訴判決を得たのであるが、五十嵐は右判決に対して控訴を申立てた上、右事件の証人でありかつ自己の妻の父親である被告と共謀して右売買をしたのである。

3  五十嵐には他に財産はない。

二  請求原因の認否

1  請求原因1の事実は不知

2  同2の事実中、被告が原告主張の日に本件農地を五十嵐から買ったこと、原告主張の事件の証人であると共に同人の義父であることは認めるが、その余は否認する。

3  同3の事実は否認する。

三  抗弁

被告は昭和四七年三月頃五十嵐から、家を新築転居したいので本件農地を買って欲しいと申込まれた。そこで原告との訴訟の成行きについて質したところ、真実は必ず勝つから心配しないでくれとのことであった。被告も証人として出廷し同人の勝訴を信じており、同人が両親との折合い悪く転居の必要に迫られていることも承知していたので、本件農地を買受け、代金四〇〇万円を同年五月三日までに三回に完済した。すなわち、被告は五十嵐の敗訴や控訴の事実を知らず、同人の言を信用して本件農地を買ったのである。なお、五十嵐は右代金をもって高崎市綿貫町に家屋(約一六坪)を新築居住している。

第三証拠≪省略≫

理由

一  先ず本件請求にかかる詐害行為取消権の被保全債権(原告の五十嵐邦義に対する債権)の存否について判断する。

1  請求原因1記載の売買契約について考える。≪証拠省略≫によると、(イ)原告が五十嵐を被告として提起した当庁昭和四一年(ワ)第一七二号農地所有権移転登記手続等請求事件において、同四四年一二月八日(1)五十嵐は原告に対し本件農地につき農地法三条による群馬県知事に対する所有権移転の許可申請手続をすること、(2)前項の許可があったときは、五十嵐は原告に対し本件農地につき昭和四三年一〇月二四日売買による所有権移転登記手続をすること、等を主文とする判決が言渡されたこと、(ロ)右判決の理由中において、原告と五十嵐の間に昭和三四年一二月二八日本件農地及び別紙物件目録(二)の土地につき売買の予約が成立したところ、原告が同四一年一一月九日本件農地の売買予約を完結する意思表示をし、かつ同四三年一〇月二四日代金として六二万五八三三円を供託したことにより本件農地の売買が成立した旨の事実が認定されていること、(ハ)右判決は控訴により確定していないこと、以上の事実が認められる。ところで、詐害行為取消権発生の前提となる債権者と債務者間の或特定の法律関係の存否につき争があり右両者間に訴訟が提起され証拠調がなされた結果、当該法律関係の存在を積極的に肯定する一審判決が言渡された場合には、特段の事情のない限り、詐害行為取消訴訟においても右判決により当該法律関係の存在を事実上推定することができると解するのが相当であると思料される。そして本件においては右売買契約の存在を積極的に争う主張、立証は何らなされていない。したがって、原告は五十嵐から本件農地を買受けたものと認めることができる。

2  進んで右売買契約から本訴の被保全債権が発生するか否かについて考える。

(一)  原告は右売買契約により本件農地につき所有権移転登記請求権並に引渡請求権を取得したところ、五十嵐の二重売買により詐害行為取消権が発生したと主張する。なるほど一般の土地買売においては契約により特定物引渡請求権が発生するから目的物の二重譲渡がなされて債務者が無資力となった場合にこの権利に基づいて詐害行為取消権を肯定することができる(最判昭和三六年七月一九日民集一五巻七号一八七五頁)。しかしながら、本件の如き農地の売買においては右と同一に論じることはできない。なんとなれば、知事の許可は農地法三条四項の明定するとおり、農地所有権移転の効力発生要件であるから、知事の許可のない農地売買契約の買主の権利は法定条件付のものと解さなければならず、その条件が満されるまでは特定物引渡請求権は発生するに由ないものであるからである。そして、本件農地の売買契約につき知事の許可のなされていないことは前認定のところから明かであるから本件においては、特定物引渡請求権は未だ発生していないのであり、このことは前認定の一審判決の存在によっても左右されない。

(二)  そして、一般に詐害行為取消権を肯定するためには、被保全債権が詐害行為以前に発生していることが必要であると解される(最判昭和三三年二月二一日民集一二巻二号三四一頁)。なぜならば、詐害行為の以後に債務者と債権関係に入る債権者は既に詐害行為により減少している債務者の現状財産を前提として取引するのであるから、自己の債権の一般担保としても右の財産のみを期待すべき立場にあるからである(大判大正六年一月二二日民録二三輯八頁)。しかしながら、本件の如き農地売買契約においては、債権者は既に詐害行為以前に債務者と契約関係に入り、債務者所有の農地に付き知事の許可があった場合には所有権を取得しうる期待権的地位、換言すればいわゆる法定条件付権利を有していたものであり、しかもかかる権利は停止条件付債権と同様、あるいはそれ以上に将来権利の発生すべき蓋然性の高いものであるから、債権者は詐害行為以前の債務者の一般財産を、法定条件である知事の許可がなされ現実化した権利に対する引当として期待するのが通常であると認めるのが経験則に合致する。この点において、農地の二重売買における第一の買主は、詐害行為にあたる第二の売買以後初めて債務者と取引をした債権者と同視されるべきではなく、より厚い保護を与えられて然るべき合理的理由を有していると思料される。しかも、債務者においても当然右の事情を予見することができるのが通常である。したがって、農地売買契約において、知事の許可がなされない間に債務者が農地を処分し、そのことにより無資力となった場合には、後日知事の許可がなされて現実に権利が発生したときに、それが詐害行為がなされた後であっても、債権者に詐害行為取消権を肯定することが妥当であると判断される。

(三)  なお、特定物引渡請求権につき詐害行為取消権を肯定するには、詐害行為と同時に右請求権が損害賠償債権に変ることを要するとする見解もあるのでこの点から考察するに、法定条件にも民法一二八条の類推適用があるから(最判昭和三九年一〇月三〇日民集一八巻八号一八三七頁)、農地売買契約の売主が右農地を第三者に二重に売渡し、知事の許可を得た上で第三者に所有権移転登記手続をしてしまえば、それと同時に第一の売買は履行不能となり買主に不法行為にもとづく条件付損害賠償請求権が発生するということができる(本件においては、五十嵐が原告との売買契約成立後である昭和四七年五月一日に本件農地を被告に売渡したことは争なく、これにつき知事の許可を得た上で請求の趣旨二項記載の登記手続をしたことは被告において明かに争わないから自白したものとみなされるところである。)。であるから、結局農地売買契約と一般の土地売買契約との差異は、詐害行為取消権の観点からする限りは、後者においては契約上の権利(及びその変形物たる損害賠償債権)が直ちに発生するが、前者にあっては条件の成就を待って発生するという一点にあるといって差支えないものと思料される。したがって前記のように法定条件付権利について一定の場合に詐害行為取消権を肯定する以上、右の見解によるも異る結論を導くことにはならないと判断される。

(四)  ただ、しかしながら、法定条件付権利にあっては、その権利が現実に発生するまでは、すなわち法定条件の成否未定の間にあっては、飽くまでも詐害行為取消権を肯定することは出来ないといわねばならない。けだし、条件付権利は条件が成就しない場合には結局発生しない権利なのであるから、その成否未定の間にこれにつき詐害行為取消権を肯定することは条件付権利を過大に保護することとなると考えられるからである。

(五)  本件において知事の許可のなされていないことは前認定のとおりである。そうである以上、原告は現段階においては本訴詐害行為取消請求の被保全債権を有しないものといわねばならない。

二  よって、原告の請求は爾余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 清水悠爾)

〈以下省略〉

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